第12回 宅地開発とまちづくり
「まち」は、その時代の環境とともに姿を変えてきた。
時の行政が造る「まち」の骨格。地域の素材が肌触りと色合いを加える。
生活を営む者が「まち」に香りを添える。
経過する時間が「まち」に深みを与える。
現在に至る時代の混在と文化の蓄積がまち並みを醸成する。
「ローマ」、「パリ」……。
「西安」、……「奈良」、「京都」。
「江戸」、「東京」。
しかり、である。
まちづくりに完成はない。
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現在、宅地開発に「まちづくりの縮図」を観ることができる。宅地開発とまちづくりを考えてみたい。
「“まちづくり”は誰がするか」という問いかけには、さまざまな答えが予想される。“まちづくりに”に携わる人々は、それぞれの立場で思い入れを持っているからである。
思い入れの中身でまちづくりの品格が決まる。
しかし、「誰のために“まちづくり”をするか」という問いかけには、その答えはかなり絞り込めるであろう。
住宅地であれば、「住み手のために……」という答えは、要をえていると思う。
「住み手」とは、
顧客、入居者
消費者
地域住民、転入者
住み手(購入者)、お隣、ご近所
など、宅地への関わりの主体によって、表現が変わる。
宅地の開発事業者は、近隣の市場と需要の動向を見て、期待される顧客の想定(消費者)のもとで、宅地をプラニングする。
子育てのまちを目標にするか、高齢者に住みやすいまちを目標にするか、などなど……、ライフスタイルの提案と開発事業者の企業理念が宅地開発の方向性を決める。
開発事業者の宅地開発に対する思い入れが、
“売れ筋の宅地をつくる。”
“需要を創造する。”
など、商品として、宅地に表現される。
人が住み、初めて“まち”になる。人が住まなければどんなに高い理想のもとに宅地や住宅が造られようとも、“まち”にならない。
「理念」と「販売」の兼ね合いが問われる。宅地の開発事業者は、市場に問いかけ、顧客、入居者として、「住み手」をとらえている。
宅地開発はまちづくりの初期条件である。その初期条件の誘導に行政の都市計画がある。
宅地開発の誘導には、宅地開発の規模あるいは立地にもよるが、都市計画法をはじめとして140を超える法律や条例が適用される。
そして、転入者の想定によって、保育施設、小・中学校、医療・福祉施設の需要、地域の安全、緑地、ごみ処理など、行政の裁量が加わる。
宅地開発の誘導のもとに、地域住民と新参の転入者とのコミュニティづくりが始まる。
宅地と住宅が完成し、購入者=住み手に引き渡されると、住み手のまちづくりが始まる。
ひとたび事業者の手から住み手に宅地と住宅が引き渡されると、それ以降、開発事業者の新たな意志はまちづくりに反映されることはほとんどない。まちづくりの主人公は、住み手に変わったといってよい。
開発事業者のおこなった「住み手のための“まちづくり”」には、どのような意味があったのであろうか。
「住み手」は、住宅を起点として、宅地、お隣、ご近所、地域、都市、世界へと生活空間の場を広げていく。
住宅や宅地は、芝居にたとえれば、シナリオのない生活の舞台である。住み手の生活デザインを提案できても、生活を制御できない。
開発事業者の宅地や住宅の供給は、住み手のための生活の「舞台づくり」ということになる。
入居後の住み手は、時とともに、歳を重ね、子供は成長する。時とともに生活が変わる。
当初の植栽も時とともに成長する。小ぶりの苗木が大木になり、家を圧迫する。寄せ植えの低木はより密度を増し、鬱陶しくなる。
舞台づくりが、行き過ぎていてはならない。開発事業の商品づくりは、住み手の生活を乱さず、造り過ぎないことが求められている。
時間の経過と空間の広がりのなかで生活が演じられ、住み手の住まいづくりとまちづくりは、世代を継いで、果てることなく続く。
【画】高澤静明(1999)「ランドプラニング デザイン メモ」(unpublished)
2007年1月18日更新

1948年生。83年4月株式会社ミサワホーム総合研究所入社。
(株)ミサワホーム総合研究所、(財)住宅都市工学研究所で
「まちづくり・住まいづくり」の調査・研究開発を行う。
同時に、ミサワホーム株式会社、ミサワシティ(株)等関連会社と
併任・兼務し、都市開発、区画整理、再開発等の事業プロジェクトを
推進、事業プロジェクト、まちづくり、医療・介護施設等の企画を行う。
現在、株式会社ミサワホーム総合研究所 理事。
東京大学都市工学科大学院博士課程修了。工学博士。一級建築士。
【趣味】 自然観照、散歩、読書。

