第9回 住宅と住生活基本法

「熟成したまちなみ」新百合ヶ丘
今年(2006年)6月、住生活の憲法を標榜する「住生活基本法(以下、「法」)」(注1)が制定された。
この法律のめざすところは、「住生活の安定の確保及び向上の促進に関する施策について、基本理念を定め、並びに国及び地方公共団体並びに住宅関連事業者の責務を明らかにする…(「法」第1条)」とあり、住宅政策の基本理念を定め、住宅供給にたずさわる各主体の役割を明確にして、新たな計画体系である「住生活基本計画」のもとで住生活の施策を展開する。
また、その計画体系は、国の策定する住宅政策の基本的な計画、地方公共団体が策定する地域住宅政策のマスタープランで構成される。大都市圏においては、住宅・住宅地の供給計画を見直すというものである。
これに先立つ社会資本整備審議会における答申(注2)では、この施策を実現する制度的枠組みとして6つの基本的視点が提示されている。
1)市場重視の政策展開と消費者政策の確立
2)ストック重視の政策展開
3)福祉、まちづくり等との連携強化
4)地域の実情を踏まえたきめ細かな政策展開
5)住宅関連産業の健全な発展
6)統計調査の充実
審議会の答申から、今後の住宅供給は、基本的には、民間事業者による住宅供給すなわち市場に委ね、行政は制度の運用を通じて市場をコントロールするという姿勢がうかがえる。
例えば、既に、住宅都市整備公団は、地域振興整備公団とともに、独立行政法人都市再生機構に改組され、原則、住宅供給事業から撤退し、業務は都市再開発のコーディネート、都市・住宅環境の基盤整備、既存賃貸住宅の管理などの限られた事業のみが対象となった。
同様に、住宅金融は市場重視の住宅金融システムへ移行することになる。
公的住宅の供給は借上賃貸住宅などに徐々に移行し、弱者救済策という公的賃貸住宅に限られることになる。
また、市街地の居住環境の整備として、大都市圏では都心居住の推進、ニュータウンの再生、地方都市では街なか居住の推進、密集市街地の解消などが施策に取り上げられている。これらの居住環境の事業推進も民間事業者の手に委ねられることになるであろう。
2003年の住宅ストック数(既存住宅総数)は約5400万戸であり、これに対して世帯総数は約4700万世帯である。約700万戸の住宅が余っている勘定になる。
この住宅過剰時代を受けて、既存住宅の履歴、中古住宅市場、リフォーム市場の整備を図り、住宅ストックの流動化を促進する。同時に、賃貸住宅市場の整備を通じて、新しいライフスタイルにもこたえようという施策が重点課題にあげられている。
これが「住生活基本法」の大まかな制度的枠組みである。
住宅が「社会的性格を有するもの」(注2)として、世代を超え、100年あるいはそれ以上の長期にわたって利用される財として扱われることが必要な時代を迎えるに至ったといってよいであろう。
住宅を「社会全体の資産として活用して」(注2)いくためには、いくつかの要件が求められる。ここでは、「住宅が個人資産である」とする立場から、ふたつの視点を取り上げる。
ひとつは住宅の質の確保である。
住宅は、性能設計に基づく建築基準法の手続きを踏んで供給される。また、手続きは任意であるが、「住宅の品質確保の促進等に関する法律」に担保された住宅性能表示制度で住宅(新築、既設)の性能は保証される。
住宅の質は、制度上、性能設計と住宅性能表示で確保するということである。
さらに、「法」第8条では、住宅関連事業者に対して、「…住宅の設計、建設、販売及び管理の各段階において住宅の安全性その他の品質又は性能を確保するために必要な措置を適切に講ずる責務…」を課している。
もうひとつは住宅の質の保全である。
住宅は親から子に受け継がれるばかりでなく、中古市場あるいは賃貸市場を通じて複数の消費者に利用される。時間の流れの中で長期にわたって利用されるということは、利用者が変わるということも起こりうる。住み手の住宅の維持・管理が長期の利用を可能にし、住宅の質の保全に繋がる。
一方、個々の住宅の耐震、耐火等の性能が確保されることで、地域の防災等の安全性が高まる。空間的広がりの中で、個々の住宅の質が地域全体の住生活の質を向上させ、保全するということである。
同時に、近隣への配慮に心がけた個々の住戸・住宅、宅地の維持・管理が安全で美しい地域のまちづくりを実現し、個々の住宅の資産価値を保全する。
「法」9条には、行政、住宅関連事業者のみならず居住者の協力義務が規定されている。
本来、住宅は個人資産である。居住者の協力義務とは何か。解説書(注1)は次のように述べている。
「…地域の自然、歴史、文化等の特性に応じて、調和の取れた美しい街並みの形成や住宅市街地における安全・安心の確保など良好な居住環境づくりを進めていく必要があり、地域の居住者の協力が不可欠です。」
「住生活基本法」は、住生活の安定と向上の理念をうたった法律である。具体的政策の実現には他の法律に委ねられる。したがって、基本法であるがゆえに実効性を疑問視する声をしばしば耳にするが、「法」の趣旨に沿えば「住生活基本計画」のもとで政策が展開される。
住宅を供給する立場の者も、住宅を利用する立場の者もそれぞれの社会的責任の中でその役割を果たす義務を負うことになる。
現在、住生活基本計画、住宅の性能評価の技術基準など多岐にわたり制度的枠組みの内容が検討されている。微細な内容も大事であるが、分かりやすい運用のための基準が出されることを期待したい。
住宅の利用者と住宅関連事業者のためにも、地域住宅の再生のためにも「分かりやすいこと」が必要なことである。
個人資産が制約を受ける。その代替として、住宅と宅地の個人の所有者にとって、住まいの質すなわち資産価値とその評価が意義を持つことになるであろう。住宅の資産価値を真剣に考える時がきたと言って差しつかえない。
住宅の質を保全するものは、住宅のメインテナンスと良好なまちなみである。既存の街なかの住宅地は、あるいは新たに開発された宅地にあっても、住民が自らの手で創る地域のまちづくりが資産価値の課題であるといえよう。
(注1) 住宅法令研究会編集「日本の住宅事情と住生活基本法」ぎょうせい(2006)
(注2) 社会資本整備審議会(2005.9.26)「新たな住宅政策に対応した制度的枠組みについて」国土交通省
2006年11月16日更新

1948年生。83年4月株式会社ミサワホーム総合研究所入社。
(株)ミサワホーム総合研究所、(財)住宅都市工学研究所で
「まちづくり・住まいづくり」の調査・研究開発を行う。
同時に、ミサワホーム株式会社、ミサワシティ(株)等関連会社と
併任・兼務し、都市開発、区画整理、再開発等の事業プロジェクトを
推進、事業プロジェクト、まちづくり、医療・介護施設等の企画を行う。
現在、株式会社ミサワホーム総合研究所 理事。
東京大学都市工学科大学院博士課程修了。工学博士。一級建築士。
【趣味】 自然観照、散歩、読書。

